山が消滅した二又トンネル爆発事故!戦後最大級の惨劇と真相
添田町に残る歴史記録や証言集には、阿鼻叫喚の惨状が生々しく刻まれています。
「突然、目の前が真っ白になり、天地がひっくり返るような轟音が響いた」「空が真っ暗になり、家ほどの大きさの岩が空から降ってきた」と生き残った住民たちは語っています。爆発の衝撃波によって数キロメートル離れた場所でも民家の窓ガラスがことごとく割れ、屋根瓦が吹き飛ばされました。
当時は占領下にあったため、米軍の過失に対する批判的な報道は厳しく規制され、GHQの検閲によって事故の詳しい経緯が全国に広く報道されることはありませんでした。そのため、140名以上が命を落とす未曾有の惨事でありながら、長年にわたって「知る人ぞ知る悲劇」として歴史の影に隠され続けてきた経緯があります。