敗軍の将・榎本武揚はなぜ明治政府で異例の大出世を遂げたのか?
榎本武揚の遺産として、現代の学術界に最も深く根付いているのが「東京農業大学」の創立です。
明治24年(1891年)、農商務大臣を務めていた榎本は、旧幕臣の子弟を救済・育成する「徳川育英会」を母体として、飯田町(現在の東京都千代田区)に「育英黌農業科」を開設しました。これが現在の東京農業大学の直接のルーツです。
榎本は「国の根本は農業にあり、農業の発展なくして近代国家の自立はない」と確信していました。単なる机上の学問ではなく、実験や実習を重視する「実学主義」を掲げ、泥にまみれて産業を支える技術者の育成に情熱を傾けました。また、日本化学会や東京地学協会の会長を務めるなど、近代日本の基礎科学・応用科学の発展にも計り知れない貢献を残しています。