日米修好通商条約の真相|なぜ不平等条約に?井伊直弼の決断と5港開港

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日米修好通商条約が「不平等条約」と呼ばれる決定的な理由は、国家主権の根幹に関わる2つの権利を著しく損ねていた点にあります。当時の幕府交渉団(岩瀬忠震や井上清直ら)も決して無能ではなく、強硬に抵抗したものの、欧米列強がアジア諸国に課していた「標準的な外交プロトコル」の枠組みを打ち崩すことはできませんでした。

具体的に日本を束縛した2大条項のからくりは以下の通りです。

1. 領事裁判権(治外法権)の容認
条約第6条において、「日本国内で罪を犯したアメリカ人は、アメリカ領事裁判所においてアメリカの法律で裁かれる」と規定されました。これにより、仮に外国人が日本国内で殺人や略奪、不法行為を行っても、日本の警察や司法は彼らを裁くことができなくなりました。当時の欧米側は「キリスト教徒の文明国と異なる日本の未熟な司法(拷問や身分制)に自国民を委ねることはできない」という理屈を押し通したのです。

2. 関税自主権の欠如(協定関税制)
国家が自国の産業を守るために輸入品にかける税率を独自に決める権利(関税自主権)が剥奪され、税率は両国の協議によって決定する「協定関税制」が敷かれました。当初は約20%前後に設定されていた品目もありましたが、後の改約(1866年の改税約書)で一律5%前後にまで引き下げられ、安価な外国製綿織物などが大量に流入。国内の地場産業は大打撃を受けることになりました。

さらに、同条約には片務的最恵国待遇も盛り込まれていました。これは「日本が他国にアメリカ以上の好条件を与えた場合、アメリカにも自動的にその条件が適用されるが、アメリカは日本に対して同様の便宜を図る義務はない」という、徹底して一方的なルールでした。

伊藤 翔太

伊藤 翔太

フード&トラベルライター

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。