松山千春の妻・孝子さんの写真はある?謎多き素顔と半世紀の絆
松山千春の音楽人生を語る上で欠かせないのが、STVラジオのディレクターであった恩師・竹田健二氏の存在だ。1976年、全国フォーク音楽祭の北海道予選で千春の才能をただ一人見抜き、ラジオ番組のレギュラーに抜擢した人物である。
日本コロムビアからの鮮烈なレコードデビュー直後、悲劇が襲う。竹田氏が36歳の若さで急逝したのだ。人生の師を失い、深い絶望の淵で歌うことすら投げ出そうとした千春の心を繋ぎとめたのは、地元で変わらぬ日常を守り続けていた孝子さんの静かな支えだった。取り乱すことなく、ただ傍らに寄り添う彼女の存在があったからこそ、千春は再びマイクの前に立つ覚悟を決めることができた。