南伸坊の現在と伝説の軌跡|ガロ編集長から顔真似、家族の素顔まで
彼のクリエイティブの原点を語るうえで欠かせないのが、赤瀬川原平が教鞭を執っていた美学校での修行時代です。赤瀬川の「絵文字工房」で教えを受けた南伸坊は、対象をただ描くのではなく「物事をどう見立てるか」「日常の裏側に潜む可笑しさをどう抽出するか」という観察の哲学を叩き込まれました。
その後、伝説のアングラ漫画雑誌『月刊漫画ガロ』を発行する青林堂に入社。1979年から1981年にかけて南伸坊がガロ編集長を務めた時代は、サブカルチャー史の転換点となりました。蛭子能収、みうらじゅん、渡辺和博といった強烈な異能たちを発掘・育成し、商業主義に縛られないオルタナティブな誌面を構築した手腕は今も語り草です。
自らも表現者でありながら、他者の才能を面白がり、自由に暴れさせる場を整える。この編集者としての経験が、後の自在な執筆活動やコラボレーションの基盤となりました。