安徳天皇と沈んだ三種の神器は今どこに?草薙剣の行方と壇ノ浦の真相
「三種の神器が海に沈んで失われたのであれば、現在の皇室にある神器は何なのか」という疑問が湧きます。この歴史の真相を読み解く鍵が、古代から続く「本体(御神体)」と「形代(かたしろ)」の概念です。
そもそも三種の神器の本体と形代の配置は、平安時代末期の時点で以下のようになっていました。
第10代・崇神天皇の時代、神威があまりに強大であった鏡と剣は宮中から出され、それぞれ伊勢神宮と熱田神宮に本体が祀られることになりました。その際、宮中で天皇の身近に祀るために作られた精巧な分身が「形代」です。
つまり、壇ノ浦で沈んだ草薙剣は「形代」であり、熱田神宮に祀られている「本体」は一度も海に沈むことなく無事に残されていたのです。神道においては、正当な神事を通じて作られた形代には本体と同等の神霊が宿るとされており、形代であっても国家的な損失であることに変わりはありませんでしたが、本体そのものの消滅という最悪の事態は免れていました。