三億円事件の犯人は誰か?白バイ偽装と少年Sの謎に迫る真相検証
捜査が難航を極める中、警視庁は「落としの八兵衛」の異名を取る伝説の刑事・平塚八兵衛警部を捜査本部に投入します。吉展ちゃん誘拐事件や数々の難事件を解決に導いた平塚の参戦は、事件解決への決定打と期待されました。 しかし、この人事が捜査本部の内部対立を深刻化させることになります。 少年Sを主犯と見なして捜査を進めていたキャリア官僚主導の主流派に対し、平塚は現場叩き上げの勘と捜査網の再検証から「あんな若造の単独犯行ではない」「真犯人は別のプロの手によるものだ」と主張。少年S説を真っ向から否定しました。 【捜査本部の内部対立と迷走の構図】 ・エリート捜査幹部ライン:少年Sをクロと断定し、周辺の交友関係を徹底追究 VS ・平塚八兵衛現場チーム:少年S説を退け、遺留品のルート解明と別ルートを主張 ↓ ・方針の不統一により、限られた捜査資源と初動捜査の熱量が分散 平塚は遺留品の綿密な追跡や、別ルートの容疑者洗い出しに膨大な時間を費やしましたが、成果を挙げることはできませんでした。後に平塚自身が手記や回顧録で語った通り、現場に残された遺留品のあまりの多さと、犯人像の特定を阻むノイズの存在が、名刑事の直感を狂わせた要因となりました。 1975年(昭和50年)12月10日、捜査員延べ17万人、捜査費用9億円超を投じた大捜査網も空しく、公訴時効(7年)が成立。さらに1988年(昭和63年)12月10日には民事上の損害賠償請求権(20年)も消滅し、事件は法的に完全な未解決事件(コールドケース)となりました。