なぜ東急自動車学校は消えたのか?二子玉川ライズ誕生の真相と跡地の現在
東急自動車学校の歴史は、高度経済成長期の幕開けにあたる1957年(昭和32年)に始まります。東京急行電鉄(現・東急)直営の指定自動車教習所として、世田谷区玉川(二子玉川園駅至近)の広大な多摩川沿岸エリアに開設されました。広々とした所内コースと東急グループの信頼性を背景に、世田谷・目黒・大田エリアや神奈川県川崎市・横浜市方面から通う教習生で連日賑わいを見せていました。
転機が訪れたのは2000年代です。世田谷区と東急電鉄が長年構想を進めていた「二子玉川東地区第一種・第二種市街地再開発事業」が本格始動。教習所が占有していた広大な土地は、商業施設・タワーマンション・オフィスビル・公園を一体整備するメガプロジェクトの核となる用地に指定されました。この都市再生計画に伴い、東急自動車学校は2009年(平成21年)12月をもって二子玉川での半世紀に及ぶ営業に幕を下ろし、東京都多摩市唐木田(小田急多摩線唐木田駅前)へ移転することとなりました。
唐木田への移転後、最新の設備と広大なコースを備えて再出発を果たしたものの、国内の深刻な少子化、若年層を中心とする運転免許保有率の低下、さらには車両維持費の高騰といった構造的要因が事業環境に影を落とします。東急グループ全体の事業ポートフォリオ見直しやインフラ老朽化への対応が迫られる中、同校は2026年12月末をもって技能教習・検定業務を終了。2026年3月末の諸手続き完了をもって、通算65年にわたる栄光の歴史に完全に幕を下ろしました。