萩本欽一の知られざる現在と健康状態!80代の巨匠が見据える未来
萩本欽一の原点を語る上で、相方・坂上二郎との出会いは外せない。浅草の舞台で腕を磨いた二人が結成した「コント55号」は、1960年代後半の日本の演芸界に巨大な地殻変動をもたらした。所属事務所である浅井企画の看板を背負い、舞台の上を所狭しと走り回る過激な身体表現とテンポの速い掛け合いは、従来の座って聴かせる漫才や定型的なコントの概念を根本から覆した。
坂上二郎の圧倒的な愛嬌と包容力、そして萩本の計算し尽くされた突っ込みと間合いの演出。劇場から飛び出した二人のエネルギーは瞬く間にテレビを席巻し、お茶の間を熱狂の渦に巻き込んだ。萩本が現在に至るまで大切にしている「ハプニングを味方にする演出術」は、このコント55号時代の命懸けの舞台稽古と本番の空気の中で鍛え上げられたものだ。