熱狂のサーキットと過激衣装!昭和レースクイーン黄金期の真実
時計の針を大きく巻き戻そう。日本のモータースポーツ黎明期、サーキットに女性モデルが立つ光景は極めて珍しいものだった。その潮目を一気に変えた象徴的存在が小川ローザだ。風にミニスカートがめくれ上がる石油会社のCMで一世を風靡した彼女の登場は、自動車と女性モデルという強固な結びつきを決定づけた。
やがて日本自動車連盟 (JAF) の公認レースが全国で本格化し、富士スピードウェイや鈴鹿サーキットに大観衆が詰めかけるようになる。ビールメーカーや水着メーカー主導だったキャンペーンガール文化が、莫大な資金が動く自動車レースの現場へと流れ込むのに時間はかからなかった。スピードを競う無骨な男たちの戦場に、鮮やかな原色を添えるパラソルガールたち。彼女たちは瞬く間に、週末のサーキットになくてはならない主役のひとりへと押し上げられていった。