生類憐れみの令とは?天下の悪法が福祉政策へと再評価された真相

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生類憐れみの令はなぜ出されたのか――その根本的な理由は、徳川幕府が目指した「武断政治」から「文治政治」への体制移行にあります。

江戸幕府が開かれてから数十年が経過していた当時でも、庶民や武士の間には戦国時代の名残である荒々しい殺伐とした空気が根強く残っていました。街中での辻斬りや喧嘩による刃傷沙汰、主君の後を追う殉死、さらには貧困を理由とした「捨て子」や「間引き(赤子の圧殺)」、病気になった高齢者や旅人の「行き倒れ放置」が日常茶飯事として横行していたのです。

儒教(特に朱子学)に深く傾倒していた徳川綱吉は、こうした人命を軽視する風潮に強い危機感を抱いていました。武力や暴力で民を威圧するのではなく、学問と仁義、すなわち「徳」をもって社会を治める徳治政治を実現するため、生命の尊さを徹底的に叩き込む必要があったのです。

なお、俗説として有名な「母・桂昌院が僧侶の隆光に相談したところ、『世継ぎが生まれないのは前世の殺生が原因。将軍が戌年生まれだから犬を大切にしなさい』と助言された」というエピソードは、後世の創作や政敵による中傷であり、幕府の公式記録には存在しない俗説であることが判明しています。

松本 悠斗

松本 悠斗

サステナビリティ研究家

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。