緊迫する東アジア外交:創価学会と中国が紡いだ極秘水面下ルート
時計の針を1968年9月8日に巻き戻す。当時、東西冷戦の只中で文化大革命の混乱期にあった隣国に対し、池田大作第3代会長(当時)が放った「日中国交正常化提言」は、日本国内の保守派から激しい反発と批判の嵐を浴びた。だが、国連加盟すら阻まれていた当時の北京にとって、日本の有力民間団体トップが公然と国交回復と貿易推進を訴えた事実は、暗闇に差し込んだ決定的な光筋であった。
この呼びかけにいち早く着目したのが、名宰相として知られる周恩来総理だった。周総理は中日友好協会の幹部に対し、創価学会の動向を克明に追うよう指示。1974年12月、病床にあった周総理と池田氏による伝説的な30分間の単独会談が実現する。周総理が遺した「あなたが若くていらっしゃるから、本当に嬉しい」「中日関係の未来を託したい」という言葉は、その後の半世紀にわたる強固な信頼関係の礎石となった。田中角栄元首相による歴史的な国交正常化の舞台裏には、まさにこの先駆的な地ならしが存在していた。