サンフランシスコ平和条約と台湾の真実|封印を解く最新外交文書
太平洋戦争の終結に伴い、1951年に署名されたサンフランシスコ平和条約。この歴史的文書の第2条b項には、日本が台湾および澎湖諸島に対する「すべての権利、権原及び請求権を放棄する」と明確に規定されている。しかし、ここで極めて異例な外交的処置が取られた。日本が放棄した領有権の「移転先」が一切明記されなかったのである。
当時の日本側全権代表であった吉田茂首相と、アメリカ外交の主導者であったジョン・フォスター・ダレス大統領特使との間では、激しい水面下の駆け引きが繰り広げられた。冷戦の暗雲が東アジアを覆い始めていた当時、どの政権を中国の正統な政府と認めるかをめぐり、連合国側の意見は真っ向から対立。帰属先をあえて曖昧に残すという、高度に計算された「曖昧戦略」が採用されるに至った。