松井秀喜の5打席連続敬遠はなぜ起きた?馬淵監督の真意と現在の関係
1992年8月16日、甲子園球場に詰めかけた満員の観衆は、大会屈指のスラッガー・松井秀喜選手の一振りに熱い視線を注いでいました。しかし、試合開始とともに球場を支配したのは、歓声ではなく異様な静寂とどよめきでした。
明徳義塾のエース・河野和洋投手は、第1打席(1回裏2死三塁)から一度もストライクゾーンにボールを投げることなく、捕手を立たせたまま四球を与えます。続く第2打席(3回裏1死二・三塁)、第3打席(5回裏1死一塁)、第4打席(7回裏2死二塁)、そして1点を追う第5打席(9回裏2死三塁)に至るまで、徹底して勝負を避け続けました。
松井選手は一度もバットを振ることなく5打席連続四球で一塁へ歩かされ、試合は明徳義塾が3対2で逃げ切り勝利。走者なしの場面だけでなく、塁が空いていない場面でも迷わず歩かせる徹底ぶりに、スタンドの空気はイニングを追うごとに険しさを増していきました。