美濃の蝮・斎藤道三の正体とは?親子二代説と信長を唸らせた先見性

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道三の功績は謀略だけにとどまりません。美濃統治の拠点として、金華山の山頂にそびえる稲葉山城(後の岐阜城)を大改修し、難攻不落の要塞へと仕立て上げた土木・軍事の才能も見逃せません。

濃尾平野を一望できる険峻な山城に本拠を置くことで、尾張や近江の情勢を即座に把握できる軍事的優位性を確保。さらに山麓の城下町には、関所の撤廃や商業保護を進める「楽市」の原型ともいえる経済政策を導入し、商人たちを呼び込んで美濃を富国強兵へと導きました。

この城の軍事拠点としての価値と城下町の構造は、後に美濃を攻略した織田信長にそっくり受け継がれ、城名を「岐阜城」と改めて天下布武の足がかりとなりました。道三が敷いた先進的な都市計画と領国支配の基盤がなければ、信長の天下統一事業のスピード感は生まれ得なかったはずです。

林 結菜

林 結菜

ライフスタイル編集者

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