特攻兵器の真相|桜花・回天はなぜ生まれたのか?驚愕の開発経緯と歴史の闇を徹底解説

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これらの兵器に共通していたのは、極限までコストを削りつつ破壊力のみを追求した反面、兵器としての運用性・防護性能・誘導精度が著しく劣悪だった点です。

特攻機「桜花」:母機ごと葬られた悲劇の飛行爆弾

海軍輸送機パイロット・大田正一の発案と東京帝国大学航空研究所の協力によって生み出された桜花は、機首に1.2トンの大型徹甲爆弾を備え、後部に3基の固体ロケットを配置した小型滑空機でした。最高速度は時速800km以上に達し、当時の技術では迎撃困難と想定されていました。

しかし、航続距離が極めて短いため、母機である一式陸上攻撃機に吊り下げられて敵艦隊の至近まで接近する必要がありました。爆弾を抱えて重量過多となった一式陸攻は極めて鈍重で格好の標的となり、米軍の最新鋭レーダーと戦闘機F6Fヘルキャットの迎撃網に捕まり、桜花を切り離す前に母機ごと次々と撃墜される事態が頻発しました。米軍側からは侮蔑を込めて「Baka Bomb(バカ爆弾)」のコードネームで呼ばれた歴史があります。

人間魚雷「回天」:極限の密閉空間と失われた母艦

酸素魚雷の驚異的な射程と無航跡性を利用し、黒木博司大尉と仁科関夫中尉が考案した回天は、全長14.7メートルに及ぶ長大な水中兵器でした。内部は1名が辛うじて座れるだけの空間しかなく、簡単な潜望鏡と羅針盤だけを頼りに敵艦へ突入する構造でした。

しかし、操縦は極めて困難で、わずかなトリム(釣合い)の狂いで沈没あるいは海面に飛び出す危険を孕んでいました。さらに、回天を甲板に搭載した大型潜水艦が敵の対潜哨戒網に捕捉され、回天を発進させる前に母艦ごと深海へ沈められる事例が相次ぎました。

水上特攻艇「震洋」や陸軍の「マルレ」も、波浪に弱い小型木製艇であったため転覆やエンジントラブルが多発しました。また本土決戦の切り札とされた「伏龍」は、粗悪な苛性ソーダを用いた空気清浄装置の欠陥により、潜水訓練中に炭酸ガス中毒や浸水による失神事故が相次ぎ、実戦を待たずに多くの尊い若者が命を落としました。

山下 哲也

山下 哲也

自動車・モビリティライター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。