大和朝廷を震わせた蝦夷の歴史と正体|縄文Dnaとアテルイ激闘の真実

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蝦夷が歴史の表舞台に登場し、大和朝廷との衝突を経て中世へと移り変わる歩みを、時系列で整理しました。

【蝦夷の歴史年表】

・658年(斉明天皇4年):阿倍比羅夫の北方遠征
越国守の阿倍比羅夫が日本海側を北上し、秋田・能代方面の蝦夷を服属させ、渡島(北海道方面)の粛慎(みしわせ)と交戦。

・724年(神亀元年):多賀城の創建
大和朝廷が現在の宮城県多賀城市に陸奥国府・鎮守府を設置し、東北支配の軍事拠点を確立。

・774年(宝亀5年):三十八年戦争の勃発
桃生城が蝦夷に襲撃され、約40年に及ぶ全面戦争へと突入。

・789年(延暦8年):巣伏の戦い
アテルイ率いる蝦夷軍が朝廷軍を北上川沿いで迎撃し、壊滅的な打撃を与える。

・797年(延暦16年):坂上田村麻呂が征夷大将軍に就任
桓武天皇の命を受け、周到な軍備と戦略で奥地への進軍を開始。

・802年(延暦21年):アテルイの降伏と処刑
胆沢城の築造後、アテルイとモレが降伏。京へ護送されたのち、河内国で処刑される。

・811年(弘仁2年):文室綿麻呂による平定完了宣言
三十八年戦争が事実上終結。蝦夷の軍事的脅威が一段落する。

・11世紀後半〜12世紀:奥州藤原氏の黄金時代
蝦夷の血を引く安倍氏・清原氏の興亡を経て、平泉を拠点に奥州藤原氏が独自の仏教都市を築き、100年の栄華を誇る。

佐々木 一輝

佐々木 一輝

ビジネス戦略アナリスト

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。