飯塚繁雄氏の生涯と拉致被害者家族会|妹と息子に捧げた闘いの真実
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飯塚繁雄氏の生涯を語る上で欠かせないのが、八重子さんの長男である飯塚耕一郎氏との関係です。八重子さんが拉致された当時、耕一郎氏はわずか1歳でした。繁雄氏は「妹の幼子を施設に入れるわけにはいかない」と決意し、妻と共に耕一郎氏を養子(長男)として引き取り、自らの実子たちと同じように慈しみ育てました。
耕一郎氏は大学を卒業するまで、繁雄氏夫妻を実の父母と信じて疑わずに育ちました。しかし2002年9月の日朝首脳会談で北朝鮮側が八重子さんの「死亡」を一方的に主張したことを受け、繁雄氏は耕一郎氏に「八重子さんが実の母親である」という過酷な真実を告白します。
報道関係者の当時の取材記録によると、真実を知った耕一郎氏は混乱を乗り越え、実母を救い出すために自ら実名と顔を公表して活動に参加することを決意しました。繁雄氏は息子としての耕一郎氏のプライバシーと将来を誰よりも案じていましたが、その固い決意を受け止め、親子として並んで記者会見や国際会議に臨むようになります。2009年3月には韓国・釜山で金賢姫元工作員との歴史的な面会が実現し、「八重子さんは生きている」という確かな手応えを得るに至りました。