西城秀樹の若い頃が超絶イケメン!新御三家が誇る伝説と歌唱力の真相

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西城秀樹さんの全盛期を象徴する伝説エピソードは、単なるアイドルの枠に収まらないスケールの大きさを物語っています。現代の大規模コンサートで当たり前となっている演出の多くは、実は彼が日本で初めて導入・定着させたものです。

最も有名な功績が、1974年に開催された「富士サファリパーク」隣接地および後楽園球場での日本人ソロ歌手初となるスタジアム野外コンサートです。それまで日本の音楽界には「ソロ歌手が野球場をファンで満員にする」という概念自体が存在しませんでした。巨大なクレーンに吊り下げられたゴンドラでの熱唱や、100メートルを超える大ステージを縦横無尽に走り回る演出は、日本のライヴ・エンターテインメントの歴史を10年早めたと評されています。

また、現在では世界中のコンサートで定番となっている「ペンライト(サイリウム)応援」の起源も西城秀樹さんのコンサートです。1974年の大阪球場公演の際、ラジオ番組を通じて「会場を光で埋め尽くそう」と呼びかけたところ、観客が持ち寄った懐中電灯が一斉に暗闇で揺らめいた出来事が発祥とされています。

代表曲『傷だらけのローラ』(1974年)では、マイクスタンドを振り回し、膝をついて絶叫するドラマティックな歌唱法を披露。あまりの激しさに歌唱後、舞台裏で過呼吸や酸欠に陥り、酸素吸入器が常備されていたという逸話はファンの間でも有名です。さらに1979年の『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』では、観客全員が両手で文字を作る参加型パフォーマンスを定着させ、オリコンチャート5週連続1位、売上140万枚突破という国民的メガヒットを記録しました。

中村 さくら

中村 さくら

マネー&キャリアエディター

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。