市川右團次の現在と家族の真相!華麗な襲名劇と息子タケルの現在地
ネット上の掲示板やSNSでは、右團次に関してしばしば「長年所属した澤瀉屋を捨てて成田屋に寝返ったのではないか」「師匠の猿翁と確執があったのではないか」といった根拠のない憶測が飛び交うことがあります。しかし、これらは歴史的事実と現場の内情を無視した完全な誤解です。
実際の記録を検証すると、初代右近から三代目右團次への名跡継承は、師匠である二代目猿翁の全面的な了承と祝福のもとで進められました。そもそも右團次の名跡自体が、猿翁のルーツに繋がる大切な名跡です。高齢と病により自ら舞台に立つことが難しくなっていた猿翁にとって、最も信頼する高弟が上方の大名跡を復興させることは、長年の悲願でもありました。
さらに、成田屋の海老蔵(現・團十郎)が右團次の後ろ盾となった背景には、「門閥外の才能ある役者が、血筋の壁に阻まれて埋もれてはならない」という歌舞伎界全体の未来を見据えた強い使命感がありました。義理と人情を重んじる梨園の掟の中で、筋を完全に通した上で実現したのが2017年の襲名劇であり、そこに対立や確執の余地は微塵も存在しなかったのです。