一条さゆりの壮絶な生涯|逮捕劇の真相と晩年・死因を映画史から解剖
一条さゆり(本名:中村初枝)は、1937年(昭和12年)10月25日、北海道函館市で生を受けました。彼女の原点にあったのは、戦前・戦後の混乱期における徹底した「極貧」です。父親の借金や家庭崩壊の荒波に呑まれる中、彼女は家計を支えるために少女時代から水商売の世界へと身を投じることを余儀なくされました。
10代後半で飛び込んだストリップの世界において、彼女の存在感は瞬く間に異彩を放ち始めます。当時の劇場関係者の記録によると、彼女は単に服を脱ぐだけの既存の踊り子たちとは決定的に異なっていました。観客に媚びるような甘い視線ではなく、まるで客席の欲望を冷たく見下ろすような射すような眼差しと、自らの皮膚の下にある情念を叩きつけるような舞台構成で、全国の劇場に詰めかけた男たちを圧倒したのです。
やがて彼女は「一条さゆり」の芸名を名乗り、関西を本拠地とする東亜興行の看板スターとして君臨します。舞台上で男性器を露わにし、客席との直接的な性的接触さえ辞さないいわゆる「本番まな板ショー」のパイオニアとして、その名はアンダーグラウンドの枠を超え、日本全国へと轟いていきました。彼女の肉体は、貧困から脱出するための唯一の武器であり、社会の底辺から体制を嘲笑うための凶器でもあったのです。