フォークダンスDe成子の解散理由と早すぎる死|天才芸人の軌跡
フォークダンスde成子は、三重県立白子高等学校の同級生だった村田渚さんと桶田敬太郎さんによって1990年に結成されました。上京後、ホリプロのお笑い部門に所属した2人は、既存の漫才やコントの定型を鮮やかに覆す会話劇を展開し、瞬く間に東京のライブシーンで頭角を現します。
コンビの知名度を一気に全国区へと押し上げたのが、フジテレビ系『タモリのSuperボキャブラ天国』をはじめとするボキャブラシリーズへの出演でした。番組から与えられたキャッチコピーは「コロンブスのゆで卵」。ダジャレの短ネタを競い合う同番組のフォーマットにおいて、2人は単なる語呂合わせにとどまらず、前後のシチュエーション設定や表情、立ち居振る舞いの緻密さで勝負し、スタジオの審査員や共演者を唸らせました。
彼らが演じるコントの最大の特徴は、桶田さんの放つ乾いた狂気やナンセンスな不条理ボケに対し、村田さんが日常会話のトーンを崩さずに鋭利なツッコミを突き刺す点にありました。大声を張り上げて頭を叩くような当時の古典的スタイルとは一線を画す「スタイリッシュかつ生々しい日常会話のズレ」を武器にしたフォークダンスde成子のコントの評判は、爆笑問題の太田光さんやくりぃむしちゅーの有田哲平さんら、同世代のトップ芸人たちからも最高峰の評価を獲得していました。