飯島愛の死因の真相とは?公式発表「肺炎」と最後のブログから辿る真実
2008年12月24日午後、渋谷区桜丘町の自宅マンションの一室で、連絡が取れなくなっていた飯島愛さんが倒れているところを関係者によって発見されました。発見時すでに死後数日が経過しており、現場の状況から直ちに警視庁渋谷警察署による調査が進められました。
当初は死因の特定に至らず、東京都監察医務院による行政解剖(病理検査)が実施されました。そして翌年2009年2月4日、警察から正式に公表された死因は「肺炎」でした。病理検査の結果、肺に重い炎症が認められ、急激な体調悪化による内因死であったことが科学的に証明されています。
また、遺体の状況から割り出された死亡推定日は2008年12月17日前後とされています。発見されたリビングには争った形跡や荒らされた様子はなく、致死性の薬物や毒物も検出されなかったため、事件性は完全に否定されました。若年層の肺炎死という結果に当時は驚きの声も上がりましたが、基礎体力の低下や持病の悪化が複合的に重なった結果と見られています。