ジャネット・リンの現在|銀盤の妖精が歩んだ闘病と信仰の真実
札幌五輪の翌年である1973年、ジャネット・リンは当時としては女性アスリート史上最高額となる3年総額145万5,000ドル(当時のレートで約4億円以上)という破格の契約金でプロスケート劇団「アイス・フォーリーズ」に移籍しました。
しかし、プロ転向後の華々しいステージの裏で、彼女の身体は限界を迎えていました。幼少期から抱えていた慢性気管支喘息が過密スケジュールと移動のストレスによって悪化。さらにリンクの冷却ガスや会場のハウスダスト、深刻な食物アレルギーが重なり、呼吸困難でリンク裏に倒れ込む日々が続いたのです。
自著や当時の手記において、ジャネット・リンは「氷の上に立つだけで肺が焼け付くような激痛に襲われ、神に命を祈るしかなかった」と告白しています。1975年、喘息の悪化により22歳の若さでプロスケーターとしての第一線を退く決断を下しました。世界中が惜しんだ引退劇の真相は、商業主義のプレッシャーと命に関わる病魔との過酷な戦いだったのです。