盛運丸: 太平洋戦争を生き抜いた貨物船の真実と記憶
盛運丸が運んだ物資は、戦況とともに変化した。開戦当初は、南方からの資源——石油、ゴム、ボーキサイト、鉄鉱石——が主だった。日本が戦争を続けるために不可欠な物資だ。南方占領地は「資源の宝庫」と呼ばれ、これらを本土に運ぶことが最優先任務だった。
しかし1943年後半から状況は変わる。連合軍の反攻が始まり、日本は守勢に回った。盛運丸の任務は、兵員や武器弾薬の輸送が中心となった。占領地の守備隊を増強し、米軍の進撃を食い止めるためだ。
そして1944年。フィリピン、マリアナ諸島が次々と陥落する。もはや資源を運ぶどころではない。盛運丸のような船は、孤立した守備隊への補給や、撤退する兵士の救出に追われた。任務は悲壮感に満ちていた。