ロベカル歴代背番号の秘密を徹底解剖!代表6番とレアル3番の真相

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欧州初挑戦となった1995–96シーズンのインテル・ミラノでも、ロベルト・カルロスは背番号「3番」を与えられました。開幕戦のヴィチェンツァ戦でいきなり強烈な30メートルの直接フリーキックを叩き込み、セリエAに大きな衝撃を与えたデビューは今も語り草です。

しかし、ミラノでの挑戦はわずか1年、公式戦34試合7得点という記録で幕を閉じます。その原因となったのが、当時の指揮官ロイ・ホジソン監督との起用ポジションをめぐる深刻な戦術的対立でした。

ホジソン監督は彼の並外れたスピードと得点力を高く評価するあまり、左サイドのアタッカーやウイングとして前線寄りに配置することを好みました。一方、ロベルト・カルロス本人は「自分は後ろからスピードに乗って攻め上がる左サイドバックであり、前線でスペースのない状態では真価を発揮できない」と強く主張しました。当時の手記や現地メディアの報道によると、本人は次のように危機感を募らせていたとされています。

「このまま前線で使われ続ければ、ブラジル代表で左サイドバックとしてのポジションを失い、コパ・アメリカやワールドカップに出られなくなってしまう」

左サイドバックへの揺るぎないこだわりを持っていた彼は、インテル会長のマッシモ・モラッティに直接直訴し、移籍を志願。その情報を察知したレアル・マドリードのファビオ・カペッロ監督がわずか24時間で獲得を取りまとめ、スペインへの電撃移籍が成立しました。ポジションへの頑ななまでのプロ意識が、結果としてレアルでの黄金期を手繰り寄せたのです。

田中 結衣

田中 結衣

デジタルマーケティングコンサルタント

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。