はしだのりひこの死因と壮絶な晩年|名曲『花嫁』『風』の軌跡と家族の現在
はしだのりひこさんに関しては、短期間でのグループ解散やメンバーチェンジが相次いだことから、ネット上や一部の週刊誌で「メンバー間の不仲説」や「ワンマン体制への反発」といった憶測が語られることがありました。しかし、当時の記録と関係者の証言を突き合わせると、実態は大きく異なります。
例えばシューベルツの解散は、井上博さんの急逝という避けがたい悲劇が直接の要因であり、残されたメンバーが「井上抜きのシューベルツはあり得ない」と判断した結果でした。事実、杉田二郎さんとは生涯にわたって親交が続き、最晩年のラストステージでも杉田さんが車椅子を押してサポートしていました。
また、クライマックスについても、元々新しい音楽表現を試みるための柔軟なプロジェクトとしての性格が強く、不仲による決裂ではありませんでした。はしださんは常に時代の一歩先を見据え、自らのメロディを最も美しく表現できる編成を追求し続けたイノベーターであったといえます。