広島カープ背番号18の真実|佐々岡・前田健太から森下暢仁へ受け継ぐ魂
日本の球界全体において、背番号18がエースナンバーとされる起源は、歌舞伎の十八番(おはこ=得意芸)に由来する説や、読売ジャイアンツ草創期の中尾碩志氏、藤田元司氏、堀内恒夫氏らの活躍によって定着した歴史があります。しかし、広島東洋カープにおける背番号18の持つ意味は、他球団のそれとは一線を画す独自の文脈を持っています。
カープにおいて「投手の象徴」といえば、1970〜80年代の黄金期を支えた北別府学氏の背番号20や、津田恒実氏の背番号14、大野豊氏の背番号24、そして永久欠番となった黒田博樹氏の背番号15が思い浮かびます。その中で背番号18は、長らく「先発完投能力とチームの勝敗を一人で背負う覚悟」を持つ者にのみ手渡される、極めてハードルの高い番号として扱われてきました。
安易に期待の若手へ与えるのではなく、球団史に名を刻む覚悟と実力を兼ね備えた右腕だけに託されてきたからこそ、カープファンにとって「18番を背負う投手」は特別な畏敬の対象であり続けています。