松島トモ子ライオン襲撃事件の真相|九死に一生の記憶と現在の活動
第4頚椎の粉砕骨折は、通常であれば即死、あるいは高位頚髄損傷による四肢麻痺・呼吸筋麻痺が残っても決して不思議ではない極めて危険な状態です。現地の救急搬送とナイロビの病院での緊急処置、そして日本帰国後の懸命な治療によって、奇跡的に麻痺が残らず回復へと向かいました。
しかし、完全に元通りになったわけではありませんでした。松島さんは退院後も、長年にわたって首の激しい痛みや可動域の制限、気圧変化による重い体調不良といった後遺症と向き合い続けることになります。過酷な牽引治療や数年に及ぶリハビリ期間中、彼女の心を支え続けたのは、3歳での芸能界デビュー以来二人三脚で歩んできた母親の存在でした。