日米の密約を暴いた記者の執念と罠!西山事件の全貌と報道の裏側
1971年、日米両政府の間で沖縄返還協定が調印された。「核抜き・本土並み」という華々しいキャッチフレーズの陰で、水面下では巨額の財政取引が蠢いていた。米軍用地の原状回復補償費400万ドルを、アメリカ側に代わって日本政府が肩代わりして支払うという「沖縄返還密約」である。表向きはアメリカが支払うと発表しながら、実際には日本の血税から密かに拠出される取り決めが結ばれていた。
この歴史的なペテンを嗅ぎつけたのが、当時「毎日新聞社」のエース記者だった西山太吉である。霞が関の深奥に張り巡らされた取材網を駆使し、西山は外務省の女性事務官を通じて極秘電報のコピーを入手した。そこには、国民に隠された財政肩代わりの事実が生々しく記されていた。
しかし、この真実が新聞紙面で大々的なスクープとして放たれることはなかった。社内的な判断や政権への配慮から報道が見送られる中、業を煮やした西山は、この機密文書を野党議員へと託す。これが、後の運命を狂わせる引き金となった。