稲田朋美は何をしたのか?防衛相辞任の真相とLgbt法案の波紋
稲田氏の政治キャリアにおいて最大の打撃となったのが、防衛大臣在任中に起きた南スーダンPKO日報問題である。
現地派遣部隊が作成していた日報に「戦闘」という記述があったものの、防衛省側は当初「廃棄した」と説明。後に陸上自衛隊内でデータが保存されていたことが発覚し、組織的な隠蔽疑惑へと発展した。稲田防衛相(当時)は自身への事前報告を否定し続けたが、防衛省内部とのコミュニケーション不足や指揮命令系統の混乱が露呈。批判は頂点に達し、最終的に自ら防衛相の職を辞任する事態へと追い込まれた。