諸国漫遊は嘘?名君・徳川光圀の破天荒な素顔と波乱の生涯に迫る
徳川光圀の波乱に富んだ歩みを、主要な年表で整理します。
隠居後の光圀は、常陸太田の質素な住居「西山荘(せいざんそう)」で余生を過ごしました。粗衣をまとい、領民と触れ合いながら『大日本史』の校閲に没頭する穏やかな日々を送ったとされます。
光圀が残した名言として有名なのが、「苦は楽の種、楽は苦の種」という人生訓です。ドラマの主題歌の歌詞の原点ともいえるこの言葉には、数々の葛藤を乗り越えて学問と政治に殉じた光圀の実感が込められています。
元禄13年(1700年)12月6日、光圀は73歳でこの世を去りました。その死因は、当時の記録に残る症状(嚥下困難や胸の痛み)から、現代医学では食道がんまたは胃がんであったと推測されています。