セオドア・ルーズベルトの功績と真相|日露戦争講和からテディベア秘話
日本の歴史コミュニティやネット上では、「ルーズベルトは無条件の親日家だった」と語られることが少なくありません。しかし、一次史料を精査すると、これは一面的な誤解であることが分かります。
確かに日露戦争当時、ルーズベルトは日本の近代化努力や軍紀の厳正さを称賛していました。しかし、日本がロシアに勝利して満州や朝鮮半島へ影響力を拡大し始めると、彼の態度は急速に警戒モードへとシフトします。「日本は恐るべき軍事国家であり、将来のアメリカの脅威になり得る」と判断した彼は、1907年から1908年にかけて日米紳士協約を結び、日本人労働者の米国本土への移住を厳しく制限しました。
彼は「日本を愛していた」のではなく、「アメリカの国益を極大化するために日本というカードを巧みに利用した」のが真相です。感情や好悪にとらわれず、冷徹なパワーポリティクスを貫いたからこそ、当時の複雑怪奇な国際秩序の中でアメリカを最強の立ち位置へと導くことができたと言えます。