昔の羽生結弦が可愛すぎる!きのこ頭の幼少期と知られざる原点の真実
華々しい活躍の裏で、少年時代の練習環境は決して平坦なものではありませんでした。小学生時代の2004年、ホームリンクであった泉のスケートリンクが経営難により一時閉鎖に追い込まれます。練習場所を失った羽生は、車で遠方のリンクまで通ったり、一般客で混雑する時間帯に滑らざるを得ない過酷な状況を経験しました。
2007年にリンクが営業を再開したものの、シニアデビュー直後の2011年3月11日、東日本大震災が発生します。練習中に被災した彼は、スケート靴を履いたまま避難所へ逃げ込む過酷な体験をしました。自宅も被災し、リンクの氷は割れ、一時は「自分だけがスケートを続けていて良いのか」と深い葛藤に苛まれたと明かしています。
しかし、全国各地のアイスショー約60公演に出演しながら練習場所を確保し、支援への感謝を胸に滑り続けた経験が、彼の精神をより強靭なものへと昇華させました。「誰かのために滑る」という現在のプロ活動にも通じる利他の精神は、この過酷な逆境期に深く刻み込まれたものです。