桐島聡はなぜ半世紀逃げ切れたのか?偽名生活と最期の全貌
約半世紀の逃亡劇が終焉を迎えたのは、逃亡者の肉体が限界を迎えた瞬間でした。2026年1月、末期の胃がんにより自力歩行が困難となった桐島は、神奈川県鎌倉市内の病院へ偽名で搬送され入院しました。
病状が絶望的であることを悟った桐島は、病院関係者に対して「自分は桐島聡だ。最後は本名で迎えたい」と告白。連絡を受けた警視庁公安部が直ちに病室へ急行し、事情聴取を開始しました。事件当時の詳細や家族構成など、本人しか知り得ない事実を複数供述したことから、公安部は身元特定に向けた捜査を本格化させました。
しかし、身柄確保からわずか数日後の2026年1月29日、桐島は入院先の病院で病死しました。享年70。死後に行われた親族とのDNA型鑑定の結果、親族関係に矛盾がないことが確認され、警視庁は被疑者死亡のまま爆発物取締罰則違反容疑などで書類送検し、一連の捜査を終結させました。
長年音信不通だった家族や親族にとって、この急展開は深い苦悩をもたらすものでした。報道各社の取材によると、突然の事態に親族は混乱し、遺骨の引き取りを辞退するなど、半世紀にわたる逃亡の爪痕は最後まで親族の生活に重い影を落とす結果となりました。