麻生信子さまの家系図と現在|華麗なる一族と皇室公務の真実
麻生信子さまの出自を語る上で欠かせないのが、日本近代史そのものとも言える華麗なる家系図です。父は麻生セメントなどを傘下に持つ麻生グループの基礎を築いた実業家・麻生太賀吉氏、母は戦後日本の復興を牽引した第45・48〜51代内閣総理大臣・吉田茂の三女である和子氏。さらに遡れば、明治維新の元勲である大久保利通や、内大臣を務めた牧野伸顕伯爵の血筋を引いています。
兄である麻生太郎元首相(現・自民党最高顧問)をはじめ、一族には政財界の重鎮がずらりと顔を揃えます。麻生信子さまは1955年4月9日、麻生家の三女として誕生されました。幼少期より聖心女子学院で学ばれ、英国留学(ロスリン・ハウス・コレッジ)を経験されるなど、国際色豊かで洗練された環境のなかで教養を培われました。
当時の関係者によると、若い頃の信子さまは非常に聡明で快活、かつ細やかな気配りを欠かさない方として周囲から慕われていたと伝えられています。寛仁親王殿下(ヒゲの殿下として親しまれた三笠宮家の長男)との出会いは、信子さまがまだ16歳の頃。寛仁親王殿下が一目惚れされ、8年越しの交際を経て1980年4月に婚約内定、同年11月7日にご成婚の儀が執り行われました。民間から皇室へ名門の令嬢が嫁ぐ慶事は、昭和の日本中を明るい祝祭ムードで包み込みました。