サムハラ神社奥の宮の全貌|呼ばれる理由と不思議体験の真相を現地徹底取材
岡山県津山市加茂町中原。鳥取県境にほど近い山懐に、サムハラ神社奥の宮はひっそりと佇んでいます。この神社を語る上で欠かせないのが、日露戦争での弾除け信仰にまつわる歴史と、日本神話の原点に位置する御祭神の存在です。
主祭神として祀られているのは、古事記の冒頭に登場する造化三神(天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神)です。天地開闢の際に最初に現れた原初の神々であり、性別を持たず、万物に生命と秩序を宿らせる根源的なエネルギーそのものとされています。日本各地に神社は数あれど、この三神のみを主祭神として純粋に奉斎する古社は極めて稀有な存在です。
この地にサムハラ神の霊験を再興したのが、地元加茂町出身の実業家である故・田中富三郎氏でした。万年筆業界の先駆者として財を成した田中氏は、日露戦争従軍時にサムハラ神の神字を身につけていたことで幾多の銃撃を無傷で潜り抜けたと述懐しています。この霊験への感謝から、1935年(昭和10年)に荒廃していた生家の旧祠を再建・寄進したのが現在の奥の宮の直接の起源です。戦後、本庁は大阪市へ遷座しましたが、神霊の根源地としての重みは今なおこの加茂町の峰に宿り続けています。