日野原重明の壮絶な生涯と105歳現役を支えた健康長寿の知恵

日野原重明の壮絶な生涯と105歳現役を支えた健康長寿の知恵の注目ポイントを分かりやすくまとめてご紹介します。

日野原重明氏の歩みにおいて、決定的な転換点となったのが1970年3月31日に発生した日本初のハイジャック事件「よど号ハイジャック事件」です。当時58歳だった日野原氏は、福岡で行われる日本内科学会へ向かう日本航空351便に搭乗中、赤軍派を名乗る過激派グループによって機内を占拠されました。

当時の手記や報道記録によると、乗客は4日間にわたり緊迫した機内に閉じ込められ、飲食物も極限まで制限される過酷な状況に置かれました。極度の緊張状態のなか、日野原氏は医師として他の乗客の健康状態を気遣い、機内の動揺を鎮めるために率先して声をかけ続けました。韓国・金浦空港で全員が無事解放された瞬間、日野原氏は自らの心境に劇的な変化が起きたことを後に述懐しています。

「これからの人生は、神から与えられた“おまけの命”。自分のためではなく、すべて他者のために捧げよう」——この強烈な覚悟が、その後の半世紀近くに及ぶ精力的な医療改革と社会貢献活動の原動力となりました。

山口 彩花

山口 彩花

写真家・フォトエディター

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。