名横綱・栃錦の伝説と栃若時代|両国国技館建設に捧げた生涯と技の真髄

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引退後に第8代春日野を襲名した栃錦は、名門・春日野部屋の師匠として第49代横綱・栃ノ海や大関・栃光をはじめとする多くの名力士を育成しました。そして昭和49年(1974年)、第7代日本相撲協会理事長に就任すると、力士出身の役員とは思えないほどの卓越した行政手腕と経営感覚を発揮します。

理事長時代の最大の偉業が、現在の「両国国技館」の建設と蔵前からの本拠地移転です。相撲の聖地である両国の地へ本拠地を帰還させることは協会の長年の悲願でしたが、莫大な建設資金が最大の壁となっていました。栃錦理事長は徹底した合理化と経営改革を断行し、総工費約150億円にのぼる建設プロジェクトを協会の自己資金のみで完遂させました。銀行からの借入金ゼロで昭和60年(1985年)1月に新・両国国技館を開館させた手腕は、財界や官界からも絶賛を浴びました。

さらに栃錦は、力士の健康診断制度の拡充や退職金規定の整備、相撲教習所の近代化など、力士たちが引退後も含めて安心して相撲に専念できる環境づくりを次々と推進しました。今日の日本相撲協会の盤石な組織基盤は、栃錦理事長時代の清廉潔白かつ先見の明に富んだ改革によって築かれたといっても過言ではありません。

前田 葵

前田 葵

サステナビリティ研究家

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。