ムーア人とは何者か?肌の色の真相とスペインを揺るがした栄光の歴史
ネット上や歴史ファンの間で今なお激しい議論を呼ぶのが、「ムーア人の肌の色は黒かったのか」という疑問です。この問いに対する明確な歴史学的結論を述べるならば、「人種的には非常に多様であり、大半は地中海沿岸特有のオリーブ色や褐色の肌を持つ人々だったが、黒人や白人系の血を引く人々も含まれていた」ということになります。
中世のヨーロッパでは、地理的・人種的知識が未発達だったこともあり、ヨーロッパの外側からやってくる浅黒い肌の人々や異教徒をひとまとめに「ムーア」と呼ぶ傾向がありました。特に北方ヨーロッパやイギリスでは、サハラ以南のアフリカ系黒人を「ブラック・ムーア(Blackamoor)」、北アフリカ系の褐色の人々を「タウニー・ムーア(Tawny Moor)」と区別して呼んでいた記録が残っています。
当時の絵画や写本を精査すると、ムーア人指導者層や軍人の外見は、南欧人や中東系アラブ人に近い明るいトーンの肌から、モロッコ・サハラ交易を通じて軍に編入されたサブサハラ系黒人兵士の深い黒色の肌まで、実に幅広いグラデーションで描かれています。単一の「人種」ではなく、広大なイスラム交易圏と征服活動の中で多様なルーツが交錯した集団であったことが、肌の色のバリエーションからも証明されています。