釜本邦茂の病気と現在の健康状態は?車椅子や死亡説の真相に迫る
釜本氏の「病気」が語られる際、絶対に外せない歴史的事実が、現役最盛期に直面したB型急性肝炎(劇症肝炎レベルの重篤化)との壮絶な闘病劇です。
1968年10月、メキシコ五輪で7得点を挙げて得点王に輝き、日本中を熱狂の渦に巻き込んだ釜本氏でしたが、そのわずか数か月後の1969年1月、突如として激しい全身の倦怠感と高熱に襲われました。診断結果は極めて重篤なウイルス性肝炎。肝機能の数値を示すGOT・GPTは測定不能なレベルまで跳ね上がり、黄疸が全身に出て意識が混濁するなど、まさに生死の境をさまよう事態に陥ったのです。
当時の担当医からは「助かったとしても、激しい運動は一生不可能。選手復帰は諦めてほしい」と告げられるほどの絶望的な宣告を受けました。体重は急激に激減し、筋肉は落ち、一時は歩行すらままならない状態に追い込まれました。
しかし、釜本氏は決して諦めませんでした。病床での絶対安静期間中、徹底した食事療法と療養に専念。体調がわずかに上向くと、指先を動かすリハビリから始め、気の遠くなるようなステップを踏んで基礎体力を取り戻していきました。この過酷な闘病を献身的に支え抜いたのが妻をはじめとする家族の支えでした。
発症から約1年後の1969年末、奇跡的にピッチへの復帰を果たすと、所属するヤンマーディーゼル(現・セレッソ大阪)を牽引し、復帰初年度から得点王争いに加わる驚異的なパフォーマンスを披露。日本サッカー史に残る「不屈の復活劇」として語り継がれることになりました。