清少納言は本当に美人だった?紫式部日記の批判と肖像画から暴く真相
インターネット上や古典ファンの間で定期的に巻き起こる「清少納言はブスだったのか」という議論。この噂が広まった背景には、歴史的な記録と彼女自身の記述に基づく明確な理由が3つ存在します。
第1の理由は、『枕草子』の中で自分自身の容姿を自虐的に語っている点です。清少納言は作中で、自身の髪質について「癖毛で縮れており、ボリュームが少ない」と赤裸々に告白しています。平安時代において、漆黒のツヤとボリュームを兼ね備えた真っ直ぐな長い黒髪は女性の美の最重要項目でした。自らそれを欠いていると嘆いている記述が、後世に不美人説を抱かせる決定打となりました。
第2の理由は、出仕当初の極端な引っ込み思案エピソードです。宮仕えを始めたばかりの頃、彼女は中宮定子の前で恥ずかしさのあまり顔を上げられず、袖で顔を隠して涙を流していたと書き残しています。「顔立ちに自信がなかったからこそ、人前に出るのを極度に恐れていたのではないか」と読み解く研究者も少なくありません。
第3の理由は、「才女=外見は二の次」という後世のステレオタイプです。あまりに知性が際立っていたため、後代の講談や創作物において、物静かで控えめな紫式部と対比させる形で「派手で押し出しが強いが、器量は劣る女性」として誇張して描かれた経緯があります。