吉田カバン社長の息子と創業家の現在|独立の真相と噂を徹底追跡
吉田カバンの歴史において最大の転機とも言える出来事が、2007年の「株式会社ポータークラシック(Porter Classic)」設立と、2008年春の銀座旗艦店オープンでした。吉田カバンのアイコンである「TANKER」を生み出し、長年にわたりブランドの顔として君臨していた吉田克幸氏と、その息子である吉田玲雄氏が、なぜ本家吉田カバンから独立したのか。当時、ファッション業界には大きな衝撃が走りました。
当時のインタビューや自著、手記で克幸氏が赤裸々に語ったところによると、独立の直接的な引き金となったのは「克幸氏を襲った大病(がんの宣告と大手術)」でした。死の淵をさまよう壮絶な闘病生活を経験したことで、克幸氏の人生観とクリエイティブに対する意識は劇的に変化しました。
「残された人生で、利益や効率の追求ではなく、本当に自分たちが愛せる本物のモノづくり、何世代にもわたって受け継がれる服を作りたい」という強烈な原点回帰の欲求が芽生えたのです。当時、吉田カバンはグローバルな巨大ブランドへと成長しており、年間の生産量やビジネス規模の制約から、克幸氏が目指す「採算度外視の超絶技巧・職人手縫いの一点モノ」を大規模に展開することは構造上難しくなっていました。
そこで手を組んだのが、息子の吉田玲雄氏でした。玲雄氏はインターナショナルスクールから米国の美術大学へ進学し、写真家・作家として活躍。ハワイ島での生活を綴った著書『ホノカアボーイ』が岡田将生さん主演で映画化されるなど、独自の感性と豊かなストーリーテリング能力を持っていました。
父・克幸氏の圧倒的なデザイン感覚と、息子・玲雄氏の国際的な審美眼・カルチャー感覚が融合し、「メイド・イン・ジャパンにこだわり、流行にとらわれない世界基準のスタンダード」を掲げるポータークラシックが誕生したのです。決して創業家内の対立や喧嘩別れではなく、「職人精神の極限を追求するための発展的独立」であったことが、両ブランドが現在も良好な関係を保ち、ファンから支持され続けている最大の理由です。