森山良子の現在と豪華家系図の真実!小木博明との同居生活と名曲秘話
森山良子の音楽キャリアを語る上で外せないのが、デビュー曲「この広い野原いっぱい」(1967年)をはじめとする珠玉の名曲群です。上智大学のフォークソング愛好会で活動していた19歳の頃に自作曲として発表したこの曲は、透明感あふれる歌声とともに空前の大ヒットを記録し、カレッジ・フォークブームの先駆者となりました。
そして、昭和から平成、令和へと歌い継がれる不朽の名曲「涙そうそう」には、胸を締め付ける家族の別れの物語が存在します。作詞を手掛けた森山良子は、20代前半の若さで心不全により急逝した最愛の実兄・晋(しん)さんへの消えない想いをこの詩に託しました。
当時、兄の突然の死を受け止めきれず、何年経っても深い喪失感を抱えていた森山良子に対し、沖縄出身のバンド・BEGINが提供した切なくも温かいメロディが届きました。沖縄の古語で「涙がぽろぽろこぼれ落ちる」を意味する「涙そうそう」という言葉に出会った瞬間、抑え込んでいた兄への想いが溢れ出し、わずか数十分で歌詞を書き上げたという逸話は有名です。この楽曲は後に夏川りみによってカバーされ、世代や国境を超えて愛されるスタンダードナンバーとなりました。
また、第二次世界大戦末期の沖縄戦の悲劇を描いた寺島尚彦作詞・作曲の「さとうきび畑」(通称「ざわわ」)は、森山良子が10分を超える大作として生涯をかけて歌い続けているライフワークです。若い頃から培われた卓越した歌唱力と、聴き手の心の奥底に直接届く語りかけるような表現力は、こうした人生の光と影を真正面から受け止めてきた経験から生まれています。