怪物・野中徹博の波乱万丈録!阪急ドラ1挫折から台湾復活の真実

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高校野球の歴史において、1980年代前半の甲子園はまさに伝説の宝庫だった。その中心で凄まじい輝きを放っていたのが、中京商業高等学校の誇る快速右腕・野中徹博だ。うなるような剛速球と強気のピッチングで打者を圧倒し、チームを甲子園ベスト4へと牽引した姿は、当時の高校野球ファンの脳裏に鮮烈な残像を刻み込んだ。

1983年のドラフト会議。即戦力のエース候補として彼を1位指名したのが、名将・上田利治監督率いる阪急ブレーブスだった。黄金期を支えた強力投手陣の後継者として、背番号「16」を与えられた18歳の青年には、球界の未来を担う大きな期待が寄せられていた。

しかし、プロの世界はあまりにも非情だった。入団直後から右肩の痛みに苛まれ、本来の球速は影を潜める。投げたくても投げられない。焦燥感だけが募る日々のなかで、マウンドは少しずつ遠のいていった。

佐藤 大輔

佐藤 大輔

シニアコンテンツプロデューサー

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