生長の家とは何か?保守の源流から環境保護へ大転換した真相
教団を語る上で避けて通れないのが、1960年代から70年代にかけての激しい政治活動と、国内最大の保守団体である日本会議との関わりだ。当時、教団青年会や学生組織(生学連)から育った活動家たちは、元号法制化運動や憲法改正運動の先鋒に立ち、日本の保守言論界を牽引する中核人材となった。
しかし、1983年に教団は自民党をはじめとする政党への組織的推薦や政治運動からの撤退を突如宣言した。教理が政治的党派性に利用されることへの危機感からだった。今日、かつての学生運動出身者たちが日本会議の主導権を握る一方で、現在の教団本部は明確に距離を置き、安倍政権時代の安保法制や改憲の動きに対して公然と反対声明を出す事態へと至った。かつての生みの親が、かつての弟子たちの政治姿勢を厳しく批判するという、極めてねじれた歴史的対立がここにある。