歌舞伎界を揺るがした57歳の急死——十八代目中村勘三郎の真の病状と、いま語られる「最期300日」の衝動
勘三郎さんの病魔の始まりは、2012年6月の定期健診で発見された早期の食道がんだった。発見時点では病状も軽微であり、ファンや関係者の間にも「治療を終えてすぐにまたあのエネルギッシュな舞台を見せてくれるはずだ」という楽観的な空気が漂っていた。同年7月に無事摘出手術が成功し、経過は順調に見えた。しかし、真の悲劇はがんそのものではなく、手術のあとに待ち受けていた思わぬ術後合併症にあった。
術後の経過観察中に激しい肺炎を発症した勘三郎さんの容態は一刻を争う事態へと急変する。最終的な直接の死因として診断されたのは「急性呼吸器窮迫症候群(ARDS)」。これは、何らかの原因で肺に重度の重症炎症が起き、血液中に酸素を取り込むことが困難になる致死率の非常に高い呼吸不全病態である。劇的な舞台復帰を目指して病室でも壮絶なリハビリを続けていた彼の肉体は、目に見えないミクロの炎症によって急速に蝕まれていったのだった。