一澤帆布お家騒動の長男のその後と現在|泥沼裁判の真相と京都老舗の今
現在、京都・東山の店舗はどうなっているのか。現地を訪れると、知恩院の門前に佇む本店には、平日・休日を問わず全国から多くの愛用者が足を運んでいます。
かつて向かい合って店舗を構えていた異常事態は解消され、裁判終結後に店舗は統合されました。店内には、創業当時からの質実剛健な無地デザインを継承する「一澤帆布製」、使い勝手の良いカラー帆布を展開する「信三郎帆布」、そして麻帆布や柄物をあしらった「信三郎かばん」という3つのタグが整然と並んでいます。
長男側が一澤帆布を占拠していた時期、ファンの間では「縫製が以前と違う」「生地の質感が変わった」といった戸惑いの声が相次ぎました。それもそのはず、長年カバンを縫い続けてきた職人たちが一人残らず信三郎氏について移籍していたためです。最高裁判決を経て信三郎氏が旧一澤帆布の屋号を取り戻したことで、本来の品質とアフターケア(修理対応)体制が完全に復活しました。
また、騒動で長男側についた四男・一澤喜久夫氏のその後についても触れておく必要があります。喜久夫氏は最高裁判決による敗訴後、信三郎氏の会社には合流せず、自らの帆布ブランド「喜一澤(きいちざわ)」を立ち上げて独自に鞄製造を続けました。現在も兄弟間の直接的な合流はなく、それぞれの道を歩んでいますが、一澤帆布本体の正統な系譜としては信三郎帆布に一本化されています。