安住紳一郎の昔がイケメンすぎる!尖っていた新人時代と出世の軌跡
北海道の帯広柏葉高校を卒業後、一浪を経て明治大学文学部文学科(ドイツ文学専攻)へ進学した安住青年。当時の彼が描いていた将来像は、華やかなマスコミ業界ではなく「国語の高校教師」でした。大学時代は教職課程を履修し、中学校・高等学校の国語科教員免許を取得。教育実習にも真摯に取り組み、生徒たちと向き合う教育現場に強い情熱を注いでいました。
転機が訪れたのは大学4年の就職活動期です。周囲の学生たちが一般企業やマスコミの採用試験を受ける中、安住アナは記念受験感覚でアナウンサー試験に挑戦。当時の民放キー局の採用倍率は数千倍に及ぶ超難関でしたが、日本テレビ、テレビ朝日、フジテレビ、TBSと受験を進める中で、面接官を唸らせる圧倒的な語彙力と独特の切り返しを披露しました。結果としてTBSに見事合格を果たし、教員への道を断ち切って赤坂の放送局へと進路を定めたのです。
自著や過去のインタビューで本人が語ったところによると、「自分のような人間がテレビ局で通用するのかという冷めた視線が常にあった」と振り返っています。教員志望だったからこそ培われた「相手に正しく情報を伝える論理的思考力」と「言葉に対する厳格な美意識」は、後のアナウンス業務において強固な武器となりました。