大竹しのぶ若い頃の圧倒的可愛さ!朝ドラ伝説と現在に迫る徹底検証
大竹しのぶの人生を語る上で欠かせないのが、激動と呼ぶにふさわしい私生活のドラマです。彼女の演技が持つ凄まじいリアリティと哀愁は、彼女自身がくぐり抜けてきた愛と喪失の体験と分かち難く結びついています。
1982年、彼女はTBSの名ディレクターであった服部晴治氏と結婚します。17歳年上であり、前妻との離婚歴を持つ服部氏との結婚は当時大きな話題を呼びました。1985年には長男・二千翔(にちか)氏が誕生しますが、服部氏を病魔が襲います。末期ガンとの過酷な闘病生活を献身的に支えたものの、1987年に服部氏は逝去。若くして最愛の夫を失うという深い悲劇を経験しました。
その失意の最中、彼女の人生を再び大きく動かしたのが、1986年のメガヒットドラマ『男女7人夏物語』で共演した明石家さんまとの出会いでした。服部氏が生前、さんまに対して「しのぶのことを頼む」と遺言めいた言葉を遺していたというエピソードは、関係者の間でも語り草となっています。
ドラマ内で見せた2人のリズミカルで阿吽の呼吸による掛け合いは、演技の枠を超えて視聴者を釘付けにしました。服部氏の一周忌を経た1988年に2人は再婚し、翌1989年には長女・IMALUが誕生。その後、1992年に離婚に至るものの、2人が築いた関係性は従来の「元夫婦」という概念を覆すものでした。互いにリスペクトを持ち続け、メディアや私生活でも仲睦まじく交流を続ける姿は、現代の家族観を先取りしたパートナーシップの先駆例として現在も高く評価されています。